第四の男・マルティヌー。 ~ マイスター&ウィーン放送響の交響曲全集!


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マルチヌー:交響曲全集(第1番~第6番)
 ウィーン放送交響楽団&コルネリウス・マイスター(指揮)
 2011-2017年、ウィーン、コンツェルトハウスでのライヴ録音
 Capriccio 視聴する!




■ ボフスラフ・マルティヌー。

僕はマルティヌーの大ファン。ところが世間一般はそうではないようで、あまりに話題にならないので日本マルティヌー協会でも立ち上げようかと思ったけれど、すでにあった(→協会HP)。

しかも作品解説もかなり充実していて、交響曲についても6曲すべてになかなかの解説がついている(→解説はここ)。

だから詳しい解説はそっちを見ていただければいいのだけれど、マルティヌーという人はスメタナ、ドヴォルザークそしてヤナーチェクに次ぐチェコの作曲家のNo.4と見られているようだ。

じゃあ別に聴かなくてもいいかと思ったあなた! ちょいとお待ちを。 この四人は全然違う個性をもつから面白いのですよ!


■ 第四の男。

これまでに何度も見てきたけれど、存命当時、スメタナとドヴォルザークは対立する立場だと、周りの人たちは考えていた。すなわち、スメタナはリストやワーグナーの系列の新ドイツ派である一方、ドヴォルザークはハンスリックやブラームスの側というわけ。

スメタナの代表作が連作"交響詩"であり、ドヴォルザークが交響曲で名を成したのがその典型。

では2人より後の世代のヤナーチェクはどうかというと、彼が世の中に受け入れられるのは20世紀もかなり中盤にさしかかったころ。中央の作曲家が機能和声の代わりを12音だのセリエルだのと彷徨っている間に、彼は"独自の"発話旋律と呼ばれる作曲技法を編み出した。

ではマルティヌーはどうかというと、民族的な要素よりも1920~30年代のパリで触れた、ストラヴィンスキーや六人組の影響による新古典主義の要素を強く感じます。

僕が彼のシンフォニーを聴いていて面白いと思うところは、新古典的でありながら、横へ横へと音楽が流れるところ。爽やかな爽快感と、それでいて古臭くなく、洗練された響き。

ではそれが圧倒的に新しいとか、独自であるかと問われれば答えはNo。でも、それはドヴォルザークだって同じコト。

マルティヌーは上記3人とはまた違った個性をもった作曲家だというのは、たしか。



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マルティヌーとクーセヴィツキー。マルティヌーの交響曲は
クーセヴィツキーとボストン交響楽団のために書かれたものが多い。





■ マイスター&ウィーン放送響の充実した演奏♪


これまでマルティヌーの交響曲全集(デジタル)はヴァーレク&プラハ放送響、ネーメ・ヤルヴィ&バンベルク響、ビエロフラーヴェク&BBC響と聴いてきました。どれも素晴らしい録音ですが、今回のマイスター&ウィーン放送響盤もそれに劣らず素晴らしい出来です。

マイスター(Cornelius Meister, 1980-)はドヴォルザークの『幽霊の花嫁』のところで触れましたが、ドイツ・オーストリア圏で頭角を現している若手のひとり。シュトゥットガルト歌劇場の音楽総監督のポスト(2018-)や、読響の首席客演指揮者(2017-)と活躍の場を広げています。

彼は2010年からウィーン放送交響楽団の首席指揮者兼芸術監督であり、このマルティヌーは2011年からほぼ年1作ずつとりあげるという念の入りようで、素晴らしい内容に仕上がってます。

見通しのいいオケのバランスに、ここぞというときのつっこみも鋭く、聴いた後の爽快感はなかなかのもの。嬉しいことに録音も良好。イチオシ盤♪


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▼Bohuslav Martinu - The Symphonies



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新しいシベリウス像へ ~ 「シベリウスの交響詩とその時代」。

神話と音楽をめぐる作曲家の冒険

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「シベリウスの交響詩とその時代
  神話と音楽をめぐる作曲家の冒険」
 神部智著 音楽之友社 2015年12月第1刷



■待望の著。

これまで日本語で読めるシベリウスの本は非常に限られていて、伝記でさえ図書館に行って何十年も前の本を借りて来なければいけませんでした。以前僕が読んだシベリウスの本はハンヌ・イラリ・ランピラという人の本で、1986年に出版されたものでした。

そんな状況でしたが、生誕150年、没後60年という節目の年を経て、とうとう特筆すべき日本語のシベリウス本が出ました。

著者はヘルシンキ大学の大学院で学んだシベリウスの専門家で、この本では《クレルヴォ》《レンミンカイネン》《フィンランディア》《ポヒョラの娘》《ルオンノタル》《タピオラ》という初期から後期へかけての6作の交響詩を通じて、『「フィンランドの国民的作曲家」というこれまでのイメージではとらえきれない、複雑なパーソナリティを持ったシベリウスの人間像、作曲家像』を見事に描き出しています。


■"国民楽派""民族主義"だけでは説明できないシベリウス。

少しネタばれしてしまうけれど、ひとつ例を挙げます。『クレルヴォ』の題材について。

たしかにシベリウスが『クレルヴォ』を書いた時代というのは民族主義が高まりをみせ、フィンランドにおいてもきな臭い不穏な時代でした。そして多くの芸術家たちがこぞって「カレワラ」のなかでも最も悲劇的な英雄譚であるクレルヴォ神話に題材を求めた。


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数少ない"近親相姦"を題材とした絵画。
ルイス・スパレ作『そりの上のクレルヴォとその妹』(1891)



ふつうに考えれば、シベリウスの『クレルヴォ』もこの流れによって説明されるでしょう。ところが、神部氏はちゃんと一歩踏み込む。シベリウスの『クレルヴォ』の中心をなしているのは第三楽章「クレルヴォとその妹」であるが、これが問題だというのです。

この第三楽章の筋は、「クレルヴォは旅の帰途、森で会った娘を誘惑して結ばれるが、実は娘が行方不明になっていた実の妹だと判明する。妹は絶望のあまり、急流に身を投げて死んでしまう。」というもの。これは自国の国威発揚のための英雄譚としては、非常に好ましくない近親相姦の話で、実際にほとんどタブー視されていたらしいです。

ではなぜシベリウスはこの話を題材に選んだのか・・・。

神部氏はこの理由をシベリウスのウィーン留学に求めます。

「ウィーンの世紀末、それは周知のように極限まで爛熟した精神文化が人間存在の内奥に向けて鋭いメスを入れた時代だった。(中略)彼らの世界観の特徴は、甘美で妖艶なエロスの発散や死の影、無意識に抑圧された過去の記憶のうちに人間の深層心理を見いだしたことだろう」

シベリウスのクレルヴォには、民族主義的なものだけでなく、ウィーン世紀末の潮流も(無意識的にではあれ)影響しているという指摘です。

なるほど~。面白い。


■名著。

一例を上げましたが、しっかりと一次資料にあたり、そして批判精神をもった考察を加えて描かれたシベリウス論は非常に面白く、読み応えがあります。もちろん、当時の時代背景や、関連する他の作品たちにも触れながら進み、当初の目的とした新しいシベリウス像を描くことに成功していると思います。

よく"第7交響曲がシベリウスの到達した結論だ"的なことを言われますが、そうでないことがこの本を読めば納得できるし、シベリウスが単なる"周辺の作曲家"でないことがわかるはずです。

*   *   *   *

実はあとがきで今度は交響詩のみでない伝記を執筆しているとあるので、非常に楽しみにしていたのですが、今度の12月に音楽之友社の「作曲家 人と作品シリーズ」のなかの1作として発売されるようです。これは必ず買って読むでしょうね、僕は。

おそらく、現時点で日本語によるシベリウス論の最高峰の1作ではないでしょうか。近代音楽ファンは必読です♪


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▼Sibelius: Kullervo - Jukka-Pekka Saraste & Finnish Radio Symphony Orchestra

(第三楽章は28:50から)


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ラトル&LSOのドビュッシー『ペレアスとメリザンド』。


今日は台風の影響による雨ということで、ほとんど家に閉じこもって音楽鑑賞。先日リリースされたラトルがロンドン響を指揮したドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』です。


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ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』全曲
  メリザンド:マグダレーナ・コジェナー(ソプラノ)
  ペレアス:クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
  ゴロー:ジェラルド・フィンリー(バス・バリトン)
  アルケル:フランツ・ヨーゼフ・ゼーリッヒ(バス)
  ジュヌヴィエーブ:ベルナルダ・フィンク(メゾ・ソプラノ)
  医者、羊飼い:ジョシュア・ブルーム(バス)
  イニョルド:エリアス・メドラー(ボーイ・ソプラノ)
  サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団&合唱団
  2016年1月9,10日ロンドン、バービカン・ホールでの録音
  LSO Live




┃象徴主義。

ドビュッシーは印象派という言葉を嫌い、象徴主義という言葉を気に入っていたらしい。

彼の美しい歌曲はヴェルレーヌをはじめとして、マラルメやボードレールといった象徴主義の詩人に重要な作品があるし、オペラの分野ではエドガー・アラン・ポーにインスピレーションを受け、『鐘楼の悪魔』と『アッシャー家の崩壊』という2作に取り組みました(いずれも未完)。

"印象派"というと絵画がすぐに思い浮かぶので、ドビュッシーの音楽は絵画の影響が大きいかと思ってしまいますが、(他の印象派の作曲家は別として)ドビュッシーの音楽を育んだのはこうした象徴派詩人たちの方でした。


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そしてメーテルランクの象徴主義的な『ペレアスとメリザンド』。

いったいメリザンドは何者なのでしょう? 最後の死の場面の女中たちは? やはり水の精なのでしょうか、それとも? ペレアスとメリザンドは結ばれたのか? … 問い詰めたゴローが最後に嘆くように、結局すべて謎のまま・・・。

そのミステリアスで神秘的な雰囲気。ドビュッシーの音楽にこれほどふさわしい題材はないでしょう。



┃ラトルのベクトル。

ラトルの音楽づくりはこうした僕のペレアス感をくつがえすほどドラマティックなもの。

何を訊いてもうわの空でよくわからない応えしかしないイメージのメリザンドも、コジェナーにかかると凛とした芯を感じるというか、なにより"感情の表現"が上手な歌手なので、メリザンドの感情の動きが、あいまいなところがなく常にはっきりと提示されています。

フィンリーのゴローも同じ路線で、かなり感情の高まりが烈しく表現されています。この録音が気に入るかは、このドラマティックな表現のベクトルをよしとするかどうかだと思いますね。

僕がイチバン感心したのはゲルハーエルのペレアスで、たんなる純朴な青年ではなく、どこかこころの奥に複雑なものをかかえているような深みを、特に初めの方の場面で多く感じました。

 *   *   *   *


それこそ現代最高の歌手を集めたプロダクションで、演奏の水準は文句なく、上演された際にも非常に評価が高かったと言いますから、好きな人にはたまらないでしょうが・・・。

録音はとてもよかったので、ラトル&LSOのこれからのリリースに期待です。

ちなみに僕の現在のいちばんの押し盤はオッターがメリザンドを歌うハイティンク指揮フランス国立管の演奏。アバド&ウィーン・フィルもいいですね。

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▼An introduction to Pelléas et Mélisande


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“いつも新しい“クラシック音楽の豊かな森を探検するブログ♪埼玉在住・86年生まれの会社員が古楽から現代音楽まで、
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